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ニュース (1月12日)

沖縄の女性が海兵隊員であった父とつながる

宿舎に掲げられている父親の肖像画と経歴の前で記念撮影
宿舎に掲げられている父親の肖像画と経歴の前で記念撮影
【米海兵隊キャンプ・コートニー】亜麻色の髪を風がやさしくつつむ中、チカコさんは下士官宿舎の前で第3海兵師団による隊列を見守っていました。

第3海兵師団本部大隊のジャイルズ・ボイス司令官は宿舎を、ベトナム戦争に従軍し、海軍十字章を受章したチカコさんの父にちなんで「ドリス・ホール」と改名しました。

チカコさんは自分の父親が、どんな人だったのかということに、人生の多くの時間を費やしてきました。

2017年12月22日、式典において、ボイス大佐がチカコさんの父親の海兵隊員としての功績を紹介した際、彼女はずっと探していた「つながり」を見つけた思いがしました。

チカコさんは「父親がどんな人だったのか常に疑問に思っていました」

「父親がどこの誰で、つながりや歴史的背景について知りたいと思っていました」と話しています。

チカコさんは父親のことをほとんど知らないまま育ちましたが、父がベトナムに向かう途中に一度会いに来たことを覚えていました。

クロード・ドリス軍曹が沖縄を訪れたとき、チカコさんの母親を探していました。

ドリス軍曹がチカコさんの母親の自宅を訪ねたとき、チカコさんの祖母が玄関先で対応し、その背後に隠れている小さな女の子に気づきました。

軍曹が驚いたことに、その女の子は5歳になっていたチカコさんでした。

彼が抱き上げようとすると、内気な彼女は祖母の陰に隠れてしまいました。

父親の名のつくドリス宿舎の前にたたずむチカコさん
父親の名のつくドリス宿舎の前にたたずむチカコさん
チカコさんが父親のことで覚えていることは、祖母の家での短い時間と父親の写真でしたが、写真は引っ越の間になくしてしまいました。

短い滞在の後、ドリス軍曹はベトナムに派遣され、そこで命を落としました。

50年後、チカコさんは父親の勇敢な行為について知ることになりました。

ドリス軍曹は、部下が安全な位置を確保するために十分な時間を稼ぐため、ちゅうちょなく自分の身を危険にさらしました。

ドリス軍曹は戦火の中にもかかわらず、傷ついたベトナムの男の子を見かけ、応急処置を施しました。

その直後、敵のロケット弾に倒れました。

この功績を称え、ドリス軍曹はその死後、海軍十字章を授与されました。

「宿舎を改名する式典がなぜ特別なのか分かりませんでした。50年後、父の名がこのような形で残るなんて誰が想像したでしょうか。今は、私にとって特別なものです」

チカコさんはカリフォルニアに移住して36年になりますが、これまでは軍の伝統を受け入れ難いと感じていました。

しかし、実の父親が海兵隊員であったことを知り、親しみを覚えるようになりました。

「私は今、父を誇りに思っています。娘として父の功績を称え、誇りに思っています。今日はとても意義深いものであり、私も軍の家族の一員であると感じています」

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