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ニュース (8月4日)

ナバホ出身の海兵隊員が祖父の足跡をたどる

72年前に米軍が上陸した硫黄島のビーチから持ち帰った黒い砂を片手に普天間飛行場にて
72年前に米軍が上陸した硫黄島のビーチから持ち帰った黒い砂を片手に普天間飛行場にて
【硫黄島】アメリカ軍は第二次世界大戦中、アメリカ先住民のナバホ族を介して戦略的通信を行っていました。

ガダルカナル、タラワ、ペレリュー、硫黄島と1942年から1945年に掛けての太平洋戦争において、ナバホ族からなる暗号部隊はナバホ語を駆使して軍事的な通信を図り、日本軍が彼らの暗号文を解読する事は不可能でした。

硫黄島での戦いにも6人のナバホ族出身の兵士が従軍し、800回以上にも渡る通信を交わしました。

その兵士の一人が、ジャネット・フェルナンデス上等兵の祖父、トーマス・サンドバルで、フェルナンデス上等兵は数十年前に祖父が戦った戦場を再び訪れる機会を得たのでした。

彼女は米海兵航空団の一員として部隊配置計画により沖縄に配属されていて、普天間飛行場から約3時間の空の旅で硫黄島へ到着し、更に16キロの道のりを歩いてすり鉢山の山頂へ向かいました。

フェルナンデス上等兵は「祖父がここで戦ったことを知っていたので、感傷的になりました」と話しています。

強烈な太陽の日差しの下、フェルナンデス上等兵はいくつもの錆びて古びた航空機の部品や重砲の脇を通り抜けながら、当時の祖父が通ったであろう道がいかに過酷であっただろうかと思いを馳せました。

フェルナンデス上等兵と同僚の海兵隊員らがすり鉢山の頂上を目指してトレッキング
フェルナンデス上等兵と同僚の海兵隊員らがすり鉢山の頂上を目指してトレッキング
「先人たちのお陰で、私は今、ここにいます」

体中から汗が噴出し、筋肉が悲鳴をあげそうになりながらも、どうにか頂上へ辿り着きました。

彼女はこの島で戦った先人たちに敬意を表し、自分の認識票を山頂にある記念碑に掛けました。

「苦しい道のりでしたが、どうにか頂上に立つことができました。先人たちがどんなに辛く苦しい思いをしてここで戦ったのか、想像もつきません」と額の汗をぬぐいます。

暫くの休息の後、再び山麓を目指して長いトレッキングが始まりました。

飛行場へたどり着く途中には、72年前に米軍がこの島に上陸した海岸線が広がります。

彼女はその海岸線で砂をかき集め、思い出の品としてバックパックに詰込み、飛行場へ向かいます。

彼女は「先人たちが全てをかけて戦った地に足を踏み入れ、言葉もありません。しかしナバホ族の勇気と献身に感謝し、私はナバホ族の一員であることをとても誇りに思っています」と締めくくりました。

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